スワイプに飽きていた。親指一本で何百人もの顔をさばいて、会いもしない相手に右だ左だと判定を下し続ける。あれを続けていると、人を雑に扱う練習をしている気分になってくる。それで乗り換えた先がDineだった。食事に行く前提でしか物事が進まないアプリと知ったとき、最初に浮かんだのは面倒そうだという気持ちだった。ところが使ってみると、その面倒さに何度も助けられることになる。
食事前提という設計が、想像よりずっと重かった
Dineはマッチした直後から、いつどこで食べるかを決める流れに入る。日程を出し合い、店の候補が並び、気づけば予約の話になっている。よくあるアプリなら何週間も雑談で様子を見られるのに、ここではそれが許されない。最初の数日でこの構造に戸惑った。まだ相手の顔もよく分かっていないのに、来週の金曜に和食でいいですか、と聞かれて固まったのを覚えている。
メッセージが続かないのは、アプリのせいではなかった
口コミで一番よく見かけるのが、メッセージが続かないという不満だ。私も序盤はまさにそうだった。当たり障りのない質問を投げ、当たり障りのない返事が返ってきて、三往復ほどで自然に途切れる。最初はアプリの相性判定そのものを疑っていた。マッチの精度が低いんじゃないか、と。でも今になって振り返ると、続かなかった原因の半分はこちらにあった。
プロフィールの料理欄で、人は静かに選別されている
知り合いの二十代の女性は、食事の段取りを詰めている途中で、ごめん好みが合わないかも、と切られたと話していた。理由は料理の趣味だったらしい。彼女はけっこう落ち込んでいたけれど、そこからプロフィールに、好きな店の系統や苦手な食材、よく行くエリアまで細かく書き直した。すると最初のやり取りで噛み合う相手が目に見えて増えたという。Dineでは食べたいものが合うかどうかが、性格や価値観の話より前に効いてくる。当日いきなりすり合わせようとしても遅い。文面の段階で、辛いものは平気か、量を食べる人か、こだわりの一軒があるかをさらりと交換しておくと、会ってからのすれ違いがぐっと減る。続かないメッセージの多くは、相手の冷たさではなく、ただ前提が共有できていないだけだった。
三往復で終わる相手と、十往復続く相手の差
途切れる会話には共通点があった。店を決めるための事務連絡しかしていないのだ。何日が空いてますか、どこにしますか、何時にしますか。これだと予約が取れた時点で話すことがなくなる。逆に続いた相手とは、食べ物そのもので盛り上がっていた。実家の味の話、ハマっている調味料の話、外れだった店の愚痴。食の好みは、その人の育ちや生活がにじむ話題だから、掘ると意外なほど深いところまで行ける。実際、好きな町中華の話から地元の話になり、当日はその人の地元の店で待ち合わせた、ということもあった。
居酒屋で一気に冷めた、あの夜のこと
マッチした相手と、チェーンの安い居酒屋で会った。向かいに腰を下ろした瞬間から、相手はテーブルの下でずっとスマホを気にしていた。料理を頼んでも、返ってくるのは、へえ、そうなんですね、ばかり。こちらの話は宙に浮いたまま、どこにも着地しない。生ビールの泡が消えていくのを眺めながら、まだ一時間あるのか、と時計を見たのを覚えている。
警戒は、一回目の店選びでほぼ決まる
失敗を重ねるうちに、自分なりのルールができた。知り合いの女性も近いことを言っていて、彼女は初回だけは必ず昼のランチか明るいカフェを選び、行き先を友だちに送ってから出かけるようにしていた。私もそれを真似た。夜の店をいきなり予約するより、まず昼に一時間だけ会うほうが、お互いに引き返しやすい。
食事中の質問の温度で、相手は分かる
落ち着いて食事ができる相手とは、会話の往復が心地よくて、ここは信頼していい人だと自然に思えた。逆に、まだ二十分も経っていないのに、住んでいる最寄り駅を細かく聞いてきたり、年収の話にずいずい踏み込んできたりする相手のときは、料理を食べ終えた時点で、今日はごちそうさまでした、と早めに切り上げた。食事デートが多いぶん、相手のマナーや性格は早い段階で表に出る。警戒すべき相手ほど、テーブルの上で早々に正体を見せてくれる。だから初回は背伸びした高い店を選ばず、自分が冷静でいられる場所にするのがいい。
それでも、会ってしまえば素が出るのは早い
Dineを半年続けた一番の理由は、食べている時間が相手の地をあっさり引き出すからだ。文字のやり取りを百回重ねるより、一回向かい合って同じものを食べたほうが、その人が分かる。
同じ皿を前にすると、人は取り繕えなくなる
店員への口のきき方、料理を取り分けるときの手の動き、苦手な食材を残すときの言い訳の仕方。会話の中身よりも、そういう所作のほうが人柄を雄弁に語る。あるとき、落ち着いた年上の相手とのディナーで、初対面なのに妙に肩の力が抜けたことがあった。年齢が離れていることを少し気にしていたのに、相手の食べ方が丁寧で、こちらの話をちゃんと拾ってくれるから、いつのまにか自然体で笑っていた。食卓には、プロフィールの自己紹介文では絶対に出てこない情報が、無防備に転がっている。それを観察できるのが、このアプリの面白さだと思う。
沈黙が気まずくならない相手は、たぶん相性がいい
良い相手とのディナーでは、料理が運ばれてくるまでの短い沈黙すら気まずくなかった。次の皿を待ちながら、さっきの話の続きを自然に拾える。逆に、間が空くたびに焦って話題を探さないといけない相手とは、どれだけ会話が途切れなくても、別れたあとにどっと疲れが出た。食事の沈黙に耐えられるかどうかは、案外いい物差しになる。言葉でつなぎ続けなくても平気な相手は、たいてい長く続いた。
他のアプリと並べて使って、はっきりした違い
一時期、Dineと、気軽さで知られる別のアプリを同時に動かしていた。両方を回して初めて、Dineの良さがくっきり見えた。
目的が決まっている場所は、来ている人の温度がそろう
気軽なほうのアプリは、マッチは山ほどするのに、会う話まで進まないことが多かった。今日かわいいね、で終わる夜が続いて、文字だけが宙に積もっていく。一方Dineは、食事に行くという目的が最初から立っているぶん、来ている人の本気度がそろっていた。五回ほど食事を重ねて交際に進んだ相手とは、最初のディナーの時点で、この人とはちゃんと話せる、という手応えがあった。短い期間に何人かと実際に顔を合わせて、合う合わないを自分の目で確かめられる。だらだらと既読のやり取りだけが続かないのは、せっかちな自分の性に合っていた。婚活のつもりで腰を据えて使っている知人もいて、その人は何人かと食事を重ねた末、三人目でようやく深い話ができる相手に出会い、そのまま結婚していった。目的をはっきりさせて使う人ほど、このアプリは噛み合う。
課金して見えたもの、溶けて消えた金のこと
無料のまま粘るか、思い切って課金するか。ここはかなり長く迷った。
効率は確かに上がる。ただ、目的がないと金だけ減る
ある時期、腹をくくってプレミアム機能を使った。気になる相手に優先的に手を挙げられるようになり、マッチの数そのものは明らかに増えた。短期間に集中して動けたのは、間違いなく課金のおかげだ。週末ごとに約束が入る感覚は、無料時代には味わえなかった。ただ、ここで気づいたことがある。マッチが増えても、自分がどんな人とどんな関係を作りたいのかが曖昧なままだと、増えた選択肢をただ持て余すだけだった。誰と会っても、なんとなくいい人だな、で終わる。お金で買えるのは出会いの量で、質のほうは結局こちらの目的意識しだいだった。引き落としの通知を見ながら、その当たり前のことをようやく実感した。課金する前に、自分が何を探しているのかを言葉にしておくべきだった。逆に言えば、探すものがはっきりしている時期にだけ、短く集中して課金するのがちょうどよかった。一年だらだら払い続けるより、本気で動く一、二か月に絞ったほうが、同じ金額でも手応えがまるで違った。
割り勘を切り出された夜に、見えたもの
会計の場面ほど、相手の価値観が短時間で透ける瞬間はない。Dineで会った人たちは、そこで分かりやすく素を見せてくれた。
奢ろうとして、逆に引かれた失敗もある
ある初対面で、相手から先に、割り勘にしましょう、と言われた。身構えていた私は少し拍子抜けし、同時に、対等でいたいという姿勢がまっすぐ伝わってきて好感を持った。その後の会話も、変な気遣いが消えて軽くなった。逆の失敗もしている。別の相手に良かれと思って全額払おうとしたら、明らかに気を遣わせてしまい、ありがとうございますと言う声がこわばって、空気が固くなった。こちらの善意が、相手には借りや重荷になることがある。Dineで会う人の多くは、奢られて喜ぶより、フェアに扱われることのほうを望んでいた。財布を出すタイミング一つで、その後の距離が決まることもある。
距離も年齢も、同じものを食べているうちにどうでもよくなる
少し離れた街に住む相手と、中間地点のレストランで会ったことがある。半分は小旅行のような道のりで、電車に揺られながら、店に着く前から少し浮き立っていた。会ってみると、共通して好きな食べ物が一つ見つかっただけで、距離がどうこうという話はどこかへ消えてしまった。次はあなたの街の店に行ってみたい、と自然に言えた。年の差を気にしていた別の相手も、運ばれてきた料理の感想を言い合っているうちに、いつのまにか敬語が崩れて素の口調になっていた。同じ皿をつついている時間は、地図上の距離も、生まれ年の違いも、思っていたよりずっと簡単に溶かしてしまう。半年Dineを使って、体に一番楽しかったのは、たぶんこの感覚だった。
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